The first one step












「これでよし…っと」


香穂子はとんとんと最後のテキストを揃え、ダンボールにつめる。






紘人が使っていた、音楽関連のテキストたち。


もう、今までのようにこの学校で使われることはないのだ。


そう思うと、どこか切なくて…寂しい気持ちになる。






「そっちは終わったか?」


ひょいと顔を出す紘人に、香穂子ははっと顔を上げた。


「お…終わりましたよ! これでいいんですよね?」


「お〜ご苦労さん。助かったよ」


ドアを閉め、香穂子の隣へとやってきた紘人はその机にそっと手を置いた。






不意に、紘人の表情が微かに曇る。






「…オケ部の奴らと、追い出し会をやってきた」


「3年生と…金澤先生の、ですよね?」


「火原も最後までうるさくてなぁ」


「ふふ…火原先輩らしいですね」


想像できる明るさに、香穂子は思わず笑みを零す。


卒業しても、あの明るい性格はきっと変わらないだろう。


「お前さんがいなくて、寂しがってたぞ。行ってやればよかったのに…」


「私は部員じゃないですし、それに…明日会えますから」


香穂子はにっこりと微笑む。






明日は、コンクール参加者に加地を加えて送別会を行う予定でいる。

火原に柚木、そして…金澤を送るためだ。






「…そうか」


穏やかに、そして優しく紘人は微笑む。


その微笑みもどこか寂しそうで、香穂子の中にある寂しさが溢れそうになる。


「日野?」


「…先生の白衣姿も、もう見れないんですよね」


ぽそりと、呟く。






春に出逢って、同じ春に別れが来た。

これが永遠の別れになるわけではないとわかってはいても、
それでも寂しい気持ちになるのだ。






「残念だなぁ。先生の白衣姿、好きだったのに」


寂しくて泣きそうになるのを隠そうと、香穂子は悪戯気な微笑みを見せる。


白衣を強調する香穂子に、紘人は呆れたようにため息をついた。


「…お前さん、白衣フェチだったのか」


「べ…別にフェチじゃないですよ!
ただ…先生とこうして学校で逢う事もなくなるんだなって思ったら、寂しいなって…」


「日野…」


なんてね…と、香穂子はぺろりと舌を出す。


送り出したいという気持ちは当然あるが、それでも…やはり寂しい。






「この一年、すごく楽しかったんです。音楽とも、色んな人たちにも出逢えて…」






先生にも出逢えた。






「…そうだな」


「でも、先生も遠いところに行っちゃうし、先輩たちは卒業して…。
だからかな…なんだか…」


ぽろっと、一粒の涙が香穂子の頬を伝い落ちた。






堪えていたはずの涙。

一度零れた涙は、堰を切ったようにどんどん零れ落ちる。






「やだ…泣かないって、決めてたのに…」


香穂子の声も、段々、鼻声になってくる。


どうにか涙を止めようと息を押し殺す香穂子の身体を、紘人は片手で抱き寄せた。


空いた手で、そっとその頭を撫でる。


「…金澤先生が歌を始めてくれて、すごく嬉しいんです。
もう一度新しい夢を叶えるために行くんだって事も、わかってるんです」


「ああ…」


「でも…っ」


香穂子は白衣の襟をぎゅっと掴み、目の前の胸に顔を埋める。






今日のように雑用を手伝わされる事も、

森の広場で昼寝をしている紘人を探しに行くことも、

もうないのだ。






行かないで、などとは思わない。

もう一度歌を始めると決めてからの紘人はとても生き生きとしていたし、
その姿を見るのはとても嬉しかったから。






「ちゃんと連絡するさ」


「…約束、ですよ」


「必ず、戻ってくる」


「…はい」






この温もりが、この声が、香穂子の胸に沁みる。

寂しいけど、嬉しくて、胸が暖かくなる。






「…あのな、日野。そろそろ泣き止んでくれんかね?
お前さんの涙には弱いんだわ…」


照れたような…困ったような顔を見せ、紘人は己の頬をぽりぽりと掻く。


そんな紘人に香穂子は顔を上げ、少し頬を膨らませた。


「だって…勝手に出てくるんです…」


「全く…」






    仕方のないやつだな。






紘人は小さくため息を吐くと、
鼻を啜る香穂子の唇にそっとキスを落とした。






触れたのはほんの一瞬。

一瞬だが、優しくて…暖かい、初めてのキス。






香穂子の瞳が、驚きで丸く見開かれる。

香穂子がどんなに言っても、
紘人は『恋人らしいこと』を何もしてくれなかったのだ。

紘人から…というのが、驚きはあるがとても嬉しくて仕方がない。







「…止まったか?」


ほんのりと頬を紅潮させた香穂子の瞳から、涙はもう止まったようだった


「これからは今までのように毎日逢えるわけじゃないし、
次にいつ逢えるかはわからない。だが…」






   毎日お前さんを想って過ごすよ。






照れくさそうに紡がれた言葉。

少しだけ遠回りだけれど、
その言葉からは紘人の暖かい想いが伝わってくる。






「…好きです、先生…」


ぎゅっと、その大きな背に腕を回す。






暖かくて、大きくて、優しい。

この一年、ずっと紘人に支えられていたんだ…とそう思う。

泣きたくなる日もあったけれど、紘人がいたから頑張れたのだ。






「…知ってるさ」


悪戯気に…でもどこか嬉しそうな紘人の微笑みに、香穂子にも笑みが零れる。


「あ〜…やっちまった」


今更ながら気まずそうに頭を掻き、大きくため息をつく。


「…? 何がですか?」


「…卒業までは手を出さないって決めてたんだよ。お前さん、生徒だしな」


「二人きりだし、いいじゃないですか」


「いいや、お前さんはわかってない」


再び大きくため息をつくと、香穂子の腰に腕を回した。


そのまま、机にその身体を横たえる。


「か…金澤先生?」


思いもよらない体勢に驚いた香穂子の頬は、見る見る紅潮していく。


「…もっと欲しくなるんだよ、お前さんが」


耳元でそっと囁かれ、香穂子はびくんと身体を震わせる。


熱を感じるほどにその距離は近い。


「えっと…」


「覚悟は、あるか?」






しばらく黙っていた香穂子は、
返事の変わりに紘人の唇に己の唇をそっと押し当てた。










毎日逢えなくても、

毎日声を聴けなくても、

気持ちはずっと変わらない。


遠い空の下から、いつも想っている。






これが、二人の “最初の一歩”。















やっちゃいました!18禁かよ!って感じですが…(笑)
でも金やんはやっぱり好きですね。
学校では絶対手を出さなそうですが(笑)

ホントはですね、3Bの二人を出そうと思ってたんですが、変わっちゃった(笑)
でも満足vv
またこの続きでも、番外でも書きたいと思いますvv















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